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福岡地方裁判所 昭和42年(行ウ)26号 判決

原告 竹平俊夫

被告 飯塚公共職業安定所所長

訴訟代理人 麻田正勝 外一一名

主文

被告が原告に対してなした昭和四二年八月一二日付失業者就労事業紹介対象者から除外する旨の処分は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

主文同旨

(被告)

一  本案前の申立て

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二  本案に対する申し立て

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第三当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は失業者であり、かつ就労の意思および能力を有し、被告より失業者就労事業紹介対象者(以下、単に紹介対象者と略称する。)と認められていた者である。

すなわち、原告は昭和二四年以降飯塚公共職業安定所において失業対策事業(以下、失業事業と略称する。)に紹介されてきた失業者(紹介適格者)であり、昭和三八年一〇月一日緊急失業対策法第一〇条の改正規定が施行された際、現に失業者であり、同法施行前二か月間に、飯塚公共職業安定所に出頭し、その合計日数は一〇日以上であつたから、被告が指示した就職促進の措置を受け終つた者とみなされ、かつ引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしていた者として、被告により紹介対象者と認定された。

二  ところが、被告は、昭和四二年八月一三日到達の同月一二日付飯職安第一、二九八号をもつて、原告に対し、原告の飯塚公共職業安定所次長松本好人に対する行為等が紹介対象者として不適当であるとの理由で紹介対象者より除外する旨を通告した。

そして、同月一三日以降被告は原告を失対事業に紹介しない。

三  しかし、右除外処分は次の理由によつて違法であるから取消されるべきである。

1 何らの法律的根拠もなく、原告の紹介対象者たる地位を剥奪した違法。

(一) 前記緊急失業対策法附則第二条第三項は「緊急失業対策法第一〇条の改正規定の施行の際、現に失業者であつて、同条の改正規定の施行(昭和三八年一〇月一日。同附則第一条参照)前二か月間に一〇日以上失対事業に使用されたものおよび労働省令で定めるこれに準ずる失業者は、この法律による改正後の同条第二項の規定の適用については、同条の改正規定施行の日に、公共職業安定所長がこの法律による改正後の職業安定法第二七条第一項の規定により指示した就職促進の措置を受け終つた者とみなす。」と規定し、緊急失業対策法第一〇条第二項は「公共職業安定所が失業者就労事業に紹介する失業者は、公共職業安定所長が(昭和二二年法律第一四一号)第二七条第一項の規定により指示した就労促進の措置を受け終つた者で、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者でなければならない。」と規定しており、紹介対象者の要件に関しては、右以外にいかなる規定もない。

これを本件についてみれば、前記一のとおり、原告はすでに就職促進の措置を受け終つた者とみなされているから、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている限り、被告は原告の紹介対象者たる地位を一方的に剥奪する権限を有するものではない。ところが、被告は、前記二のとおり、単に「昭和四二年七月二八日飯塚公共職業安定所における同所次長松本好人に対する行為等」なる不明確な理由で、紹介対象者として不適当という法律的意味のない評価を加え、原告の紹介対象者たる地位を一方的に剥奪したのであるから、本件除外処分は緊急失業対策法第一〇条第二項の解釈適用を誤つた違法なものである。

(二) そして、また本件除外処分が違法であることは、昭和三八年一〇月一日付職発第七七七号労働省職業安定局長発各都道府県知事宛通達(以下、七七七号通達と略称する。)によつて設定された紹介対象者選定基準との関係においてもいえることである。

(1)  右通達別紙「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」第2紹介対象者の要件〈3〉は「就職促進の措置に引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者であること。」の認定基準を次のとおり定めている。

「本要件の認定基準は、次のとおりとすること。

(1)  「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」は次の各号のいずれにも該当する者であることを要する。

イ 公共職業安定所の行なう常用雇用に就くための職業紹介に応ずる者であること。(中略)

ロ 公共職業安定所の行なう常用雇用に就くための職業紹介以外の職業紹介に応ずる者であること。(中略)

ハ 一暦月のうち公共職業安定所に出頭した日が五日以内の者でないこと。

なお、(2) のイ、ロ、ハに該当する日は公共職業安定所に出頭した日とみなす。

(2)  「引き続き……」は、失業者として誠実かつ熱心な求職活動が継続して行なわれていることを要する。

なお、次の各号に該当する者が、その事由がやみ、再び求職活動を始めたときは、その該当する期間は、「引き続き」求職活動をしていたこととして取扱うものとする。

イ 公共職業安定所の紹介により臨時的雇用(四か月未満の雇用)または日々雇用に就くこと。

ロ 疾病または負傷により求職活動を行ない得ないこと。(中略)

ハ 職業訓練を受けていること(就職促進の措置を受けている場合を除く)。」

以上のように、行政庁自身が認定の基準を設けて法定の適格性の有無を判定する場合、その認定基準自体が緊急失業対策法第一〇条第二項の解釈として正当なものであることはもちろん、認定基準の適用も、その本来の趣旨に従つた公正かつ合理的なものでなければならず、もし基準の定立および適用において、法令の趣旨に照らし不公正または不合理があれば、これに基づく処分は違法であるといわねばならない。

(2)  ところが、原告は右の基準に反したことを理由に紹介対象者から除外されたのではなく、右認定基準とは全く異質の基準によつて除外されたものである。すなわち、前記取扱要領はその第5において、紹介対象者からの除外または紹介対象者としての取扱いの停止について、次のように定めている。

「1 紹介対象者が第2の紹介対象者の要件を欠くに至つたときは、紹介対象者から除外する。

2 紹介対象者が次の各号の一に該当したときは、紹介対象者としての取扱いを一時停止し、または紹介対象者から除外する。

(1)  職業安定法施行規則第一三条第三項の規定に基づき、職業安定局長の定める求職申込みの手続又はその手続に基づく公共職業安定所の指示に従わないこと、その他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること。

(2)  他人の紹介票……を使用し、紹介票の内容を改ざんして使用し、もしくは、その他不正に使用し、または紹介票を他人に貸与し、もしくは譲渡すること。

(3)  運営管理規程により、事業主体から雇入れないこととされた者について、その理由からみて事業主体に紹介することが不適当と認められること。」

そして、原告は右第5の2の(1) に該当するという理由で紹介対象者から除外されたものである。ところで、前記取扱要領第2および第5の1は、緊急失業対策法第一〇条第二項の要件を具体化したものとみることができるが、第5の2は、右条項の要件以外の要素を紹介対象者からの除外の事由とし、「就職促進の措置を受け終り」、かつ「引き続き誠実かつ熱心な求職活動をしている者」であつても、右第5の2記載の事由の存在を理由に紹介対象者から排除する途を開くことによつて、実質上これらの要素を紹介対象者の要件とする結果となつている。しかしながら、勤労の権利を保障した憲法第二七条第一項および緊急失業対策法は同法第一〇条第二項の要件を満たしている者に公共職業安定所に対して失業者就労事業に紹介を請求し得る権利または利益を享受し得る地位を付与したものであつて、この権利ないし法的地位を法律以下の法規範等によつて剥奪することができないことはいうまでもなく、ましてや、法規範でもない一片の通達によつて奪うことができないことは明らかである。したがつて、前記取扱要領第5の2のうち、少なくとも「除外」に関する部分は右憲法、法律に基づかずして右権利ないし法的地位を剥奪することを各公共職業安定所長等に対して許容した違法なものであり、これに基づいてなされた原告に対する本件除外処分は違法である。

(3)  仮に、前記取扱要領第5の2の除外に関する部分が緊急失業対策法の定める要件に反した基準を定めたものとして、直ちに違法であるとはいえないとしても、

(イ) 紹介対象者の地位が憲法および法律によつて付与されたものである以上、これを剥奪する場合には、右取扱要領第5の2の(1) ないし(3) に該当するとされた者が「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者」ではないことを明白に示す場合にのみ、右(1) ないし(3) の事由を紹介対象者としての取扱いの一時停止または紹介対象者からの除外事由とすることができると限定的に解釈すべきである。

(ロ) また右取扱要領第5の1、2は、いつたん求職者に対して紹介対象者として認定し、それにともなう権利または利益を享受し得る地位を与えておきながら、その権利・地位を剥奪する処分の基準を自ら設定したものというべきであるから、処分者は、自ら設定した基準に拘束され、紹介対象者から除外し得る場合は、厳格に右に列挙された事由に限られるべきであり、仮に、常職的に考えて、紹介対象者から除外されてもやむを得ないと考えられるような事由が存したとしても、右に列挙された事由に該当しなければ、除外の理由となすことはできないと解すべきである。

(ハ) 次に、取扱要領第5の2は「紹介対象者としての取扱いの一時停止」および「紹介対象者からの除外」の双方の事由を同時に規定しているが、紹介対象者からの除外は、失業者に憲法第二七条第一項が保障している「勤労する権利」の最後の保障の場である失対事業への就労の機会を奪い、失業者の生存権にもかかわる重大な不利益を与えるものであるから、これらの事由に該当する行為のなかでも、特に悪質な行為があつた場合にのみ、除外の処分をなし得るものと解すべきである。

(ニ) さらに、前記取扱要領第5の2の(1) の「公共職業安定所の指示に従わないことその他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること」という除外事由は、その日その日における現実の指示違反等により紹介業務に重大な支障があり、しかもかかる支障が現存する場合に限つて紹介を拒否できることを意味するものと解すべきであつて、右の事由を根拠として特定の日以降無期限に紹介対象者から除外し、または重大な支障が解消した後も全一日にわたつて紹介を拒否することは違法というべきであるから、被告が昭和四二年八月一三日以降無期限に原告を紹介対象者から除外した本件処分は違法たるを免れない。

(ホ) なお、右除外事由にいうところの紹介業務の「重大な支障」というのは、失業者を失業対策事業に紹介しないことによつて除去できる性質のものであることを要するものと解すべきである。もしそうでなければ、手段としての除外処分は目的としての支障の除去にとつて役に立たず、合理的な処分とはいえないからである。本件において除外処分の理由となつた原告の行為は、被告の主張によればいずれも原告の全日本自由労働組合(以下、全日自労と略称する。)飯塚分会の役員としての陳情、要求行動またはこれに附随した暴力事件であつて、そうだとすると、これらの行為は、原告を紹介対象者から除外したからといつてこれを防止できる性質のものではない。しかして、本件除外処分はこの点からも違法たるを免れない。

2 職権を乱用して組合活動の故に原告を差別した違法。

仮に、前記除外通告書記載の原告の行為に、何らかの意味において「引き続きかつ熱心に求職活動をしている」ことと相反する評価のなされる要素を含んでいるとしても、元来緊急失業対策法は、多数の失業者の発生に対処し、失業事業および公共事業にできるだけ多数の失業者を吸収し、その生活の安定を図ることを目的とするものであり、国または地方公共団体は、失業者に就業の機会を与えることを主たる目的として失対事業を施行しているのであつて、その成否は憲法第二五条第二項の国の社会的責務に直接かかわるとともに、特に就職の機会に恵まれない状態に陥つた失業者に対する憲法第二七条第一項の勤労の権利の保障にもかかわるものであるから、右の「誠実かつ熱心な求職活動」の要件をあまりに厳格に解して運用することは許さるべきでない。このことは、元来失業は労働者個々人の意思や能力によつて防止しうるものではないという資本主義社会における失業の発生原因に関する一般的理由のほかに、日本の就業構造の二重性および下降的転落的な労働移動という特殊日本的な失業労働者の滞溜の原因にも眼を向け、さらに最低賃金制、失業保険制度等の社会保障の劣悪性をも考慮するならば、なおさら明らかである。

それにもかかわらず、被告があえて原告を紹介対象者から除外したのは、原告が全日自労福岡県支部塚飯分会の分会長で、労働省が昭和三七年五月一八日いわゆる「福永構想」の発表後、自民党政府の意を受けて強引に推進している「失対打切り政策」に反対して、熱心に組合活動を行つたことに対し、原告を差別して組合員大衆から引き離し、同分会を弱体化することを決定的な動機としているのである。要するに、本件除外処分は不法な目的をもつて職権を乱用してなされたものであるから、違法たるを免れない。

四  よつて、原告は被告に対し、被告が原告になした昭和四二年八月一二日付紹介対象者から除外する旨の処分の取消しを求める。

(被告の本案前の抗弁)

被告が原告に対してなした原告を紹介対象者より除外する旨の決定通知は、取消訴訟の対象となる行政処分ではなく、不適法であるから却下されるべきである。

1  本件除外決定は行政庁の優越的な地位に基づいて行なわれる紹介拒否処分たる性質をもつものではない。

公共職業安定所の一般の職業紹介は雇用契約の成立をあつ旋するにとどまり、「就職の機会を供与」する非権力的な事実行為にすぎない。失対事業への紹介も事業主体に紹介された者を雇用することを義務づけ、紹介された者に雇用を請求し得る権利を付与するものでなく、事業主体は紹介された者でも雇入れを拒否することができるのである(緊急失業対策法第一一条、同法施行規則第八条、福岡県失業対策事業運営管理規程第一三条)。したがつて、失対事業への紹介も雇用契約の成立をあつ旋するにすぎず、「失対事業への就労の機会の供与」というサービス行政であつて、一般の職業紹介と何ら異なるところはない。緊急失業対策法第一〇条第一項、第二項の規定もこれを別異に解する理由とはならず、同条第一項を同条第二項と対比して読むと、失対事業が失業者に一時的な就労の場を与えて労働力の保全を図ろうとする制度であるところから、この事業に就労する者は真に民間の事業に就労する機会を得なかつた者に限定されるべきものであると考えられたため、そのことを担保する手段として、職業紹介の専門機関である職業安定所の民間事業への就労あつ旋の努力を経た者のみを使用するよう、法が事業主体に制約を加えたものであるにすぎない。したがつて、失対事業への紹介が優越的地位に基づいてなされるものと解する根拠とはなし得ない。また、同条第二項では、失対事業への紹介適格性に制約がなされているが、その故に、職業安定所の失対事業への求職者の紹介適格性の判断が、一般の職業紹介の際の求職者の適格性の判断と異なるものとは解されない。

2  また紹介対象者とは職業安定所における事務処理上の便宜から用いられる観念であつて、求職者が職業安定所に対する関係において有する法的地位ないし利益と考えられるべきものではない。

失対事業に就労する適格者は、緊急失業対策法第一〇条第二項に該当するのみならず、(1) 当日の労働市場から民間事業、公共事業にあつ旋できないか(民間紹介優先の原則)、(2) 事業主体から求人があるか、(3) 失対事業に就労する意思があるか、(4) 失対事業へ就労する身体的・精神的・環境的な能力があるか、等の諸点に適合する者でなければならない。

ところで、失対事業は日々紹介が建前であるので、個々の求職者について右の諸点を日々判断することになるが(なお、実際には一か月間について紹介を計画的に行なう「長期紹介方式」がとられているが、これは求職者に日々職業安定所に出頭する不便と、職業安定所で日々紹介票を交付する業務を簡略化したにとどまり、日々雇用、日々紹介の建前を変更したものではない。)、早朝の短時間に集中的に行なう紹介に際して、多数の求職者について日々かかる判断をすることは極めて困難なことであるので、右の諸点のうち、(1) を除き緊急失業対策法第一〇条第二項およびその余の就労意思(具体的特定日のものでなく、将来民間事業に就労できない場合には失対事業でもよいから就労したいという意思)、就労能力(具体的特定日のものでなく、将来疾病等特段の事情のないかぎり一般的にみて就労しうる能力)等について、あらかじめ一般的に判断することが可能であるので、これらについて判断し、これらの諸点に適合すると判断された者の求職票を区分して事務処理上の区切りを行なうこととし、区切りをされた者を便宜上紹介対象者と呼称しているのである。

そこで、日々の紹介に際しては、公共職業安定所は右の諸点について不適合であることが判明しないかぎり、予算等の制約により紹介対象者全員の就労が困難であるため、紹介対象者の中から紹介の平等、公平を考慮して紹介しているにすぎないのである。したがつて、紹介対象者とは必ずしも日々の紹介に際して常に紹介適格者というわけではないのである。また紹介対象者であつても、その期間の予測ができない程長期間にわたつて不適合の状態が続くと判断された場合にはこれを除外することとしているが、それは、後に適合するにいたつても将来絶対に失対事業に紹介しないというものではない。さらに、除外された者でも他の民間事業に紹介できないものではなく例えば、緊急失業対策法第一〇条第二項に該当としないとして除外されても、民間日雇事業からの求人があり、被除外者に就労の意思・能力があればその紹介は可能である。

こうしてみると、紹介対象者とは原告が主張するように、緊急失業対策法第一〇条第二項に該当する者と認定され、これによつて職業安定所が紹介の義務を負うもの、または賃金を得る最終の地位ないし利益というものでないことが明らかである。けだし、紹介対象者とは右に述べたとおり取扱上の観念にすぎないものであり、しかも、緊急失業対策法第一〇条第二項は単に紹介し得る者の範囲を制限したものに過ぎず、一般に求職者は職業安定所に対し特定の職業への紹介を請求し得る権利を有するもの、換言すれば、職業安定所は個々の求職者について特定の職業への紹介の義務を負担するものとは解されない。職業安定所は職業紹介の専門機関として諸事情を自由に総合判断して適格者の紹介に努めればよいものと解すべきである(職業安定法第一九条)。また、除外されても他の民間事業への紹介の途がないわけではないのであるから、必ずしも生活保護によらなければならないものでもない。

要するに、紹介対象者とは、それ自体法律的に意味があるものではなく、したがつて、その除外も法律上の地位には何ら影響のないものである。

(請求原因に対する被告の答弁)

請求原因一の事実中、原告が被告から以前紹介対象者と認定されていたこと及びその認定の経緯はこれを認めるが、その余は不知。同二の事実は認める。同三の主張はこれを争う。

(被告の主張)

被告がなした原告を紹介対象者から除外する旨の決定通知が、たとえ取消訴訟の対象となる行政処分であるとしても、次に述べるとおり右処分は何ら違法ではない。

一  本件の背景

1 緊急失業対策法、職業安定法の制定並びに改正の経緯

(一) 緊急失業対策法(昭和二四年五月八日法律第八九号)による失業対策制度は、昭和二四年いわゆるドツジ・プランの実施にあたり、大量の失業者の発生に対処するため創設されたもので、戦後の混乱期に発生した多数の失業者を吸収し、生活の安定をはかることを主たる目的として発足したものである。この制度は、以後その時々の失業情勢に応じて、失業対策に関する運用面の改善を加えながら、次第にその規模を拡大してきたが、失対事業の就労者数も経済の景況や雇用失業情勢の変動にも大きな影響を受けることなく、ほとんど一貫して増加して来たが、その大多数の者が相当の長期にわたつて継続して就労するようになり、いわゆる就労者の定着化、固定化ならびに老令化現象が顕著となつた。すなわち、失対事業が一時的に失業者の生活を支えて、再就職までの労働力を保全するという本来の意味を失ない、むしろ就労者の「定職」に転化してしまつたため、事業の非能率化および地方財政への圧迫等が一般社会の注目を集めるようになつてきた。

(二) わが国の雇用失業情勢は、特に昭和三〇年代の後半よりの経済の高度成長により、全般的には著しい改善を遂げ、失対事業創設当時に比べ著しく変ぼうするに至つた。すなわち、雇用の大幅な増加、失業者の減少のほか、労働市場の需要関係も改善され、若年労働力、技能労働力を中心として労働力の不足が高まり、中高年令者の就職もかなり促進されるにいたつた。そもそも、失業対策制度は、不況によつて発生した失業者を吸収し、景気の回復に応じて速やかに通常雇用に復帰させることをねらいとしているにもかかわらず、右のような経済の高度成長、労働力不足が進むなかでも、なお多数の失対事業就労者が固定化、老令化する傾向が著しく、常用雇用への復帰が極めて困難となつたほか、事業実施の面でも種々の問題が指摘され、制度改正の必要性が各方面から強く望まれるにいたつた。

(三) このような事態に鑑がみ、労働力の不足はさらに深刻化するという長期的展望のもとで、失業対策として就職困難な中高年令者等に重点をおくこととし、これらの者に対して積極的な雇用対策を講じ、職業指導、職業訓練等の措置をきめ細かに実施する一方、その間手当を支給して就職活動に専念できるようにして常用就職を促進することとし、失対事業において救済すべき者は、このようにきめ細かく手厚い援護措置を講じてもなお常用就職につき得なかつた者に限定することを目的として、昭和三八年法律第一二一号(「職業安定法及び緊急失業対策法の一部を改正する法律」)をもつて緊急失業対策法、職業安定法を改正するに至つた。

その改正の骨子はほぼ次のとおりである。

(1)  職業安定法について

(イ) 中高年令失業者その他就職が特に困難な失業者に対しては、労働大臣が定める計画に従つて職業指導、職業紹介、公共職業訓練、職場適応訓練等の一連のきめの細かい就職促進の措置を講ずるものとし、このため職業訓練施設の飛躍的な拡充等訓練の強化を図るとともに、公共職業安定所に就職促進指導官を配置する(職業安定法第三〇条)。

(ロ) 右のような措置を受けている者に対しては、その就職活動を容易にするとともに生活の安定を図るため、職業転換給付金を支給する(職業安定法第二九条、雇用対策法第一三条)。

(2)  緊急失業対策法について

(イ) 失業者就労事業に紹介する失業者は、原則として職業安定法第二七条第一項に基づく就職促進の措置を受け終つてもなお就職ができない者とし、例外的に地域の失業情勢からみて特に必要があると認められる場合は、就職促進の措置を受け終らなくとも失業者就労事業に紹介することができることとした(緊急失業対策法第一〇条)。なお、法改正当時失対事業に就労している者は、経過措置を講じ、ひきつづき失対事業に紹介することとした。(同法附則第二条)。

(ロ) 就労者の賃金については改正前のいわゆる低率賃金の方式にかえ、その地域の類似の作業に従事する労働者の賃金を考慮して、地域別に作業の内容に応じて定めることにした(同法第一〇条の二)。

(ハ) 事業の適正な運営を図るため、事業主体に運営管理規程を作成させることにした(同法第一一条)。

(ニ) 国または地方公共団体等は、高年令の失業者またはこれに類する体力の失業者に就労の機会を与えるため、高令失業者等就労事業を実施することとした(同法第一一条の二)。

2 中高年令失業者等に対する就職促進の措置と、全日自労の失対事業流入闘争

(一) 前記のように中高年令失業者等に対する就職促進の措置は、昭和三八年法第一二一号による職業安定法ならびに緊急失業対策法の重要な改正点の一つであつたが、右改正以来就職促進の措置の実績が効を奏するにしたがい、新たに失対事業へ流入して来る者の数が激減するとともに、すでに失対事業に就労していた者が多数自営ないし常用雇用職場へ就職したため失対事業就労者の減少が著しく、例えば昭和三五年には全国で約三五万人であつたものが、昭和四二年には約二三万人に減少した。

(二) ここにおいて、失対事業就労者によつて組織する全日自労は、組合員の減少に対処するため、昭和三九年頃からいわゆる「失対流入闘争」なる運動を展開したのである。この運動の具体的方法には、(1) 公共職業安定所の就職あつ旋を受け入れないように働きかける。(2) 公共職業安定所の業務を阻害する。(3) 常用雇用の職場ではなく失対事業へ就労することをもつて求職活動の主目的とする。(4) 就職促進の措置の手続過程たる個人調査を阻害する。(5) 求人申込者に対し組合集団の圧力をもつてその雇用を妨害する、等があり、全日自労はこれらあらゆる手段をもつて失対事業への就労者の拡大を図つた。さらに、全日労は組織拡大闘争のため、中小企業の低賃金所得者、行商人、家庭の主婦等に失対事業への就労を呼びかけ(堀起こし運動と称する)、失対事業へ就労したい者は全日自労へ相談せよと呼びかけ、これらの者を全日自労の準組合員として、組合加入金を徴収し、公共職業安定所の中高年就職促進措置の就職あつ旋が不調になるように学習と称して指導教育した。すなわち、常用雇用の職場に紹介されにくい求職条件、身体条件を強調するように指導して、公共職業安定所職員をして常用雇用の職場への就労紹介を断念させざるを得なくなるように仕向けさせた。

(三) しかしながら、前述のとおり、失対事業の制度は失業者に対して恒久的な就業の場を保障しようとするものではなく、他に就業の機会のない失業者に対して、その生活を支え、その労働力を保全するため、とりあえず国または地方公共団体等が公費負担によつて特別に事業を実施し、その失業者が他の安定した職場に就くまで、一時的な就業の場を与えんがためのものであつて、常用雇用の職場への就職を放棄して失対事業にのみ就労したり、常用雇用の職場に就職する意思のないものが一時的に失対事業に就労するようなことは右制度本来の趣旨に反するものである。

(四) 福岡県下における全日自労の失対流入闘争は、そのほとんどの分会で積極的に推進され、同組合は新規流入による失対事業就労者数の増加をもつてその成果と評価していた。原告が分会長をしていた全日自労飯塚分会もまた右失対流入闘争の一環として、昭和四二年四月一七日以降、別表のとおり、飯塚公共職業安定所へ組合員を動員し、同所の所長である被告や職業紹介課長、労働課長らに対し「中高年令失業者に対する就職促進の措置」の認定等について、長時間にわたり執拗に陳情活動を繰返し、同安定所の業務に多大の支障を生ぜしめた。

二  本件除外決定の正当性

1 原告は、緊急失業対策法第一〇条第二項の「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」に該当しない。

(一) 前記のような情況下で、原告は全日自労飯塚分会の分会長として、昭和四二年四月一七日以降少なくとも確認できただけでも、別表のとおり、組合員を引率して、飯塚公共職業安定所との集団交渉に臨み、時間数にして延べ約二七時間、動員組合員数にして延べ約五九五名に及ぶ執拗な陳情、要望を繰返し、安定所の業務に重大な支障を生ぜしめた。そして、同年七月二八日同所次長松本好人に対し「中高年失業者に対する就職促進措置を受け終つた者に対する失対事業就労者の認定」について交渉した際、原告は全日自労飯塚分会組合員多数と共に松本次長が執務していた一階事務室に乱入し、同人を取り囲んだうえ、威圧的に陳情、要望をくり返えしたのみならず、暴言を浴びせ、さらに二階の自室に向つて階段を昇る次長に対し、陳情はまだ終つていないと申し向けて、次長の肩および胸のあたりを押して階段から転落させ、よつて加療二週間を要する右足関節捻挫の傷害を負わせた。原告の右暴行は、単なる偶発的事件として処理されるべき性質のものではなく、前述したように全日自労の一連のいわゆる失対流入闘争の過程の中で発生したものであることにその特殊性がある。

(二) 原告には、右のほか、それ以前に次に述べる行為があつたから、本件除外決定の正当性を判断するには、当然これらの行為も斟酌されるべきである。

(1)  昭和四一年二月二日失対事業主体である福岡県は、同県土木部長室において全日自労福岡県支部役員(分会役員を含む)多数と、就業現場配置転換の撤回等について団体交渉を行つたが、その際原告は久野監理課長に対し罵詈雑言を浴びせ、さらには同人のワイシヤツを破り、顎を突き上げる等の暴力を加えたため、飯塚土木事務所長より被告へ原告の雇入れを拒否する旨の通知がなされ、被告からは紹介対象者としての取扱いを一時停止されたことがあるが、それにもかかわらず、さらに同月五日飯塚土木事務所土木部長室において、同所次長小川弥と前同趣旨の事項につき交渉した際、原告は他の分会員多数と共に小川次長を取り囲み、同人の坐つている椅子を廻し、肘でこずき、体をぶつつけ、腕をつかみ、暴言を浴びせながら、数回にわたつて同人の顎を突き上げるなどの暴行を加えた。

(2)  さらに同年六月二五日原告は飯塚市川島所在の失対事業川島現場小屋において情報宣伝活動を行なつた際、飯塚日雇労働組合(以下日労と略称する。)の役員である川崎ミツエと口論となり、激昂して同女の胸を手で突いたうえ、同女を突き飛ばして転倒させ、よつて治療一週間を要する両側肢鼠蹊および左肩胛挫傷の傷害を与えた。

(3)  しかも、原告は前記(一)記載のように陳情活動等を行なうに際し、正当な手続を経ず、勝手に職場を離脱することが多かつた。

(三) 原告の右(一)、(二)の行為はとうてい「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」のなすべきことではない。

公共職業安定所は失業者に対し、その有する能力に適当な職業を与えることによつて、各種産業に必要な労働力を充足し、もつて職業の安定を図り経済の興隆に寄与することを目的として設置されたものであり、その役割は、「雇用関係の成立をあつ旋する」仲介機関として、失業者から求職の申し込みを受け、職業相談の過程で求職者の経歴、求職条件さらには本人および家庭の情況等個人的な特質を聴取して、求人条件との調整を図り、特定の求人先を選定するのである。のみならず、公共職業安定所は求人先の選定後も求職者に対し、就職に必要な指導、助言等を与えたうえ紹介するのであつて、これら一連の業務の実行は、職業安定所職員と求職者との相互信頼のうえにたつた隔意のない意見の交換と協力によつてはじめて円滑に行なわれるのである。しかるに、原告の前記(一)の行為は、職業安定所の紹介業務に重大な支障を生ぜしめてその機能を阻害し、さらに職業安定所職員に暴行を加えるにいたつては相互の信頼さえ破壊するものであり、いやしくも公共職業安定所を利用して誠実かつ熱心に就職の機会を得んとするもののとるべき態度ではない。

また、緊急失業対策事業はさきにも述べたとおり、一定の地域に多数の失業者が発生したときに臨時に事業を実施し、失業者を吸収することによつて、その失業者が一定の職業に就くまでの間の生活の安定を図り、労働力の保全を期するものである(緊急失業対策法第一条)。したがつて、同事業に紹介される者は、一次的には最も雇用が安定した形態である民間の常用雇用に就職する意欲のあること、二次的には常用雇用以外の民間、公共の日雇労働へも就労する意欲をもつているものでなければならず、さらに、同事業は他の企業におけるごとく、労働力を必要とする事業が先在する場合とは異なり、また、単に労働者に生活の資を得せしめんとする社会事業ともその趣旨を異にし、前述のとおり民間常用への復帰までの間、一時的に失業者を吸収せんとするものであるから、失業者はいかなる民間常用の事業所に就職しても、就労秩序・職場秩序を維持して誠実に労務の提供を行ない、正常な雇用関係の維持に努めなければならないものである。しかるに、原告の前記(一)の行為は、すでに述べたように全日自労が当時全国的に展開していた「失対流入闘争」の一環としてなされたものであり、民間常用雇用への就職を目的としたものではなく、むしろ職業安定所の業務を阻害することを目的とし、さらに前記(二)のように失対事業において、事業主体の職員あるいは同僚に対する暴行、正当な手続をふまない職場離脱行為を繰返して、失対事業の職場規律と秩序を乱したことは、失対事業に紹介する失業者の要件である「誠実かつ熱心に求職活動」を行なつたものとはいえない。

2 仮に、原告が「誠実かつ熱心に求職活動を行なつている者」といえても、原告に前記1の(一)、(二)の事実が認められる以上、原告を紹介対象者から除外することは何ら違法ではない。

すなわち、緊急失業対策法第一〇条第二項は単に失対事業に就労紹介し得る失業者の範囲を定めたにすぎず、職業安定所に紹介すべき義務を賦課し、また該当者に紹介を受ける請求権を付与するものではない。したがつて、職業安定所は該当者のうちから条理上とくに不当と認められない限り、自由な判断で適格者を選定紹介することができるものである。例えば、同条項該当者でも、失対事業に就労し得る労働能力のない者を紹介することができないのは勿論、労働能力のある者でもその低い者より高い者を優先して紹介すべきことは説明するまでもない。とくに、職業安定所の紹介業務または失対事業の適正妥当な管理運営を図るため、これを阻害する求職者に対しては、法律の規定をまつまでもなく、条理上適当と認められる範囲で、適格性を欠くとしてその求職に対する紹介を拒否できるものと解すべきである。原告の前記行為の真の目的、態様等を総合して判断すると、右行為はまさに職業安定所の紹介業務または失対事業の適切妥当な管理運営を阻害するものというべきであるから、この点からも本件除外決定は適法である。なお、右除外決定は、公共職業安定所の利用を全面的に拒否するのではなく、一般日雇労務または常用雇用へ紹介される途は残されているのであるから、条理上許された範囲を越えたものともいい得ない。

(本案前の抗弁に対する原告の反論)

一  失対事業における公共職業安定所と求職者との関係は、一般の職業紹介業務における場合とは全く異なり、公共職業安定所が求職者に対して優越的な地位に立つ法律関係にあり、本件除外処分も被告の優越的な地位に基づいてなされた行政処分である。すなわち、

1 まず、第一に、一般の求人者に対して求職者が就職するためには、必ずしも公共職業安定所に申し込み、その紹介を受ける必要はないのであるが、失対事業に対する場合は、必ず公共職業安定所の紹介を受けなければ就労することができない(緊急失業対策法第一〇条第一項)。公共職業安定所は失対事業に対する唯一の紹介機関であるうえ、必須の関門であるという意味において、求職者に対して優越的な地位にある。

2 次に、公共職業安定所は一般の職業紹介に際しては、単に求人者と求職者との間の雇用関係の成立を一定の原則に従つてあつ旋するだけであるが、失対事業への紹介のためには、まず公共職業安定所長が求職者に対し、就職促進措置の指示を発し、求職者がこの指示に従うことが法律上の要件となつている(同条第二項)。すなわち、同所長は求職者の中から失対事業に就労することができる者を具体的に選定する過程で、求職者をその支配下に置く業務を執行しているという意味でも、求職者に対し優越的な地位に立つている。

3 さらに、一般の求職者に対する職業紹介においては、求職の内容が法令に違反していない限り、求職者に対し紹介を受けるための特別の行為は要求されないが、失対事業への紹介を受けるためには、前述の就職促進の措置を受け終つた後にも、求職者が「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている」ことが法律上の要件となつている(同条同項)。すなわち、求職者が失対事業に就労するためには、公共職業安定所において他に適当な就職先がないことを実証して、その旨認定されることが要求されるという意味でも、同所長は求職者に対して優越的な地位にある。

二  また、紹介対象者とは、単に緊急失業対策法第一〇条第二項所定の要件を客観的にそなえた者(紹介適格者)を意味するのではなく、公共職業安定所長により法定の紹介適格者であると認定を受けた者で、失対事業への職業紹介を現実に受けるために必要不可欠な地位を当該公共職業安定所に対して有する者を意味する。

この紹介対象者の制度は、本来は、公共職業安定所が日々紹介する際に、法定の紹介適格者であるか否かを認定すべきところ、このようなことは事務処理上困難であるので、これに替わるべきものとして設けられた制度であるが、この制度は、直接法令上の根拠を有するものでなく、前記七七七号通達に基づくものであつて、この意味では行政指導による事務処理のための便宜的な制度ともいえるが、たとえ同法第一〇条第二項の紹介適格者であつても、現実には前記行政通達に定める認定基準に従がつて、公共職業安定所長から紹介対象者と認定されなければ、失対事業には紹介してもらえないのである。これとは逆に、一旦紹介対象者と認定を受けた者は、他に全く就労の機会が得られない場合でも、当該公共職業安定所の紹介によつて失対事業に就労して賃金の支払を受け得る法律上の地位ないし利益を取得する。換言すれば、失対事業に就労することができないならば、全面的に生活保護に頼らなければならなくなるはずの失業者も、自己の能力を活用して賃金を取得する最後の機会が与えられる法律上の地位ないし利益を取得するのである。

三  およそ、取消訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁がその優越的な地位においてなす行政権の作用であつて、国民の権利義務ないし法律上の地位に変動をもたらすものを指すものというべきところ、敍上の事実によれば、本件除外処分は、行政庁である被告の優越的な地位に基づいてなされた公権力の行使であり、かつこれによつて原告の法律上の地位に変動を生ぜしめたことが明らかであるから、本件除外処分は取消訴訟の対象となる行政処分に該当するものというべきである。

もつとも、本件除外処分は、緊急失業対策法第一〇条第二項の要件の不存在を確認する行為に過ぎないものとも考えられるが、前記通達に基づく紹介対象者の認定行政の実際の中では、実質上失対事業への紹介資格を消滅させる形成的行為の機能を果している。また、紹介対象者は、公共職業安定所ないしは同所長に対して失対事業への紹介請求権を有するものではないが、取消訴訟によつて救済を予定されているものは右にいう請求権に限らず、広く法によつて保障または保護される利益にも及ぶと解すべきである。

(被告の主張に対する認否ならびに反論)

一  被告の主張二の1冒頭の主張は争う。

同二の1の(一)の事実中、被告主張の期間に全日自労飯塚分会の組合員が被告または飯塚公共職業安定所に対し陳情または要望をなしたこと、原告がそのうち何回か組合員の要求を代弁し、または組合員を整理する等の世話活動をなしたこと、および原告が昭和四二年七月二八日組合員と共に同所次長松本好人を一階事務室に訪ね、組合員の陳情および要望の世話活動をなしたことはいずれもこれを認めるが、この余の事実はすべて否認する。

同(二)の事実中、(1) の原告が昭和四一年二月二日に行なわれた福岡県土木部長室における団体交渉に参加したこと、原告が被告から失対事業への紹介対象者としての取扱いを一時停止されたこと、同月五日飯塚土木事務所において同所の小川次長に対し組合員と共に陳情、要望をなしたこと、(2) の同年六月二五日飯塚市川島現場小屋において、全日自労飯塚分会の組合員に対し就労前の情報宣伝活動をなしたこと、はいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。

同(三)および同2の主張はすべて争う。

二  被告は、職業安定法第一条に規定された公共職業安定所設置の目的から、直ちに、その現実の紹介業務に重大な支障を生ぜしめることが、右目的を阻害することであるとの結論を導き出しているが、右設置の目的がどうであれ、現実に公共職業安定所が行なつている紹介業務に違法、不当な点がある場合や、また、仮に現実に紹介業務に重大な支障をこうむつた場合であつても、その紹介業務の具体的内容と、原告らの陣情、要望の具体的内容との関係いかんによつては、必ずしも被告の主張するような結論が導き出されるとは限らないから、これらの点を全く無視して、原告が誠実かつ熱心に求職活動をしているか否かを判定することは不可能である。

被告は失対事業の性質について、その臨時性や応急性を強調するが、これは戦後の失業対策制度の現実と真向うから相反する。なぜならば、本来被告主張のような臨時の一時的な失業いわゆる摩擦的失業ないしは、軽度の景気調整に基づく失業に対応する救済制度は、職業安定法による一般の職業紹介、職業指導および失業保険制度によつてまかなわれるのであるが、失対事業は大量の長期化した失業すなわち体制的ないしは構造的失業に対応するものとして、国が政策的に雇用の機会を創り出すものにほかならず、しかも、失対事業は、中高年令の失業者その他就職が特に困一難な失業者に対する就職促進の措置によつてもなお就職できない失業者に対応する失業対策として、法制的に位置づけられているように、就労の長期化はいわば覚悟のうえで実施されているからである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告がもと被告より失業者就労事業紹介対象者(以下、単に紹介対象者と略称する。)と認定されていたこと、ところが、昭和四二年八月一三日、被告は、同月一二日付飯職安第一、二九八号をもつて、原告の飯塚公共職業安定所次長松本好人に対する行為等が紹介対象者として不適当であるとの理由で、原告を紹介対象者から除外する旨原告に通告したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  被告は、被告が原告に対してなした紹介対象者から除外する旨の決定通知は、行政庁たる被告の優越的な地位に基づいてなした公権力の行使たる行為ではなく、またこれによつて原告の法的地位ないし利益を侵害するものでもないから、いわゆる取消訴訟の対象となるべき行政処分には該当せず、その取消を求める本件訴えは不適法であると主張するので、以下紹介対象者制度の意義および現実のしくみ等を検討のうえ、この点について判断する。

1  〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

(一)現実の失業対策事業制度は、昭和二四年緊急失業対策法(昭和二四年五月八日法律第八九号)の制定、公布(公布と同時に施行)により発足し、その後昭和三八年同法および職業安定法(同年法律第一二一号)の各一部改正により、その内容に大幅な変革をみて今日に至つている。我が国における失業対策制度は他にも種々存するが、これらの制度はいわゆる摩擦的失業ないしは軽度の景気変動によつて発生する失業に対処するためのもので、職業紹介、職業指導あるいは職業訓練等を通じて労働力の需要と供給の合理的な調整ないしは効率的な結合を図り、これによつて雇用を促進しようとするものである。しかし、これらの制度は、所詮何らかの労働力の需要が現存することを前提として、これに失業者を吸収せしめようとするものに過ぎないため、現存する労働力の需要をはるかに越えて全産業的な規模で大量に発生し、しかも、長期化する失業には機能を発揮することができない。失業対策事業制度はこのような失業に対処するため、国が政策的に労働力の需要を創り出し、これにできるだけ多数の失業者を吸収することによつて失業者に労働の機会を与え、失業状態から脱却するまでの間その生活の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与することを目的として創設された制度である(緊急失業対策法第一条)。そのため、失業対策事業制度においては、一方で労働大臣が地域別の失業情況を調査し、多数の失業者が発生し、又は発生するおそれがあると認める地域ごとに、その地域に必要な失業対策事業の計画を樹立し(同法第六条)、国が自らの費用で、又は地方公共団体等が政令で定めるところにより、国庫から全部若しくは一部の補助を受けて、右計画に従つて失対事業を実施し(同法第九条、同法施行令第一条。)、他方、失業対策事業への就労者の紹介は、当該地域の労働力の需給調整の総合的、中核的な機能を有する公共的機能である公共職業安定所に行なわしめるのが最適であるため、失対事業に就労する一般就労者(すなわち、公共職業安定所において紹介することが困難な技術者、技能者、監督者その他労働省令で定める労働者を除いた失業者)は、必ず公共職業安定所の紹介を受けるべきこととし(同法第一〇条第一項、第一一条の二第二項)、この事業主体と公共職業安定所相互の緊密な連絡調整によつて失業対策事業制度が運営されることとなつている。

(二)  紹介対象者の制度は、右に述べたとおり、失対事業に就労する一般就労者は公共職業安定所の紹介する失業者に限るというシステムをとるところから生じており、昭和三八年職業安定法、緊急失業対策法の改正後、次のような理由から採用されるに至つた。すなわち、公共職業安定所が失対事業に失業者を紹介するには、緊急失業対策法第一〇条第二項に定める要件その他の適格性の有無について判断を要するが、後述のとおりその要件の一つである「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」とは、公共職業安定所の行なう常用雇用の求人に対する職業紹介のみならず、それ以外の日雇求人、臨時的雇用の求人等に対する職業紹介にも応ずることが要求され、これらの求人への紹介を前提として紹介を行なうには、日々紹介の原則をとらざるを得ず、そうすると、公共職業安定所が失対事業へ就労者を紹介する際にも、求職者につき緊急失業対策法に定められた要件の有無について日々判断しなければならないことになる。しかし、公共職業安定所が早朝時短時間に集中的に紹介を行なうにあたり、多数の求職者に対して日々このような判断を行なうことは実務上不可能に近く(特に後記(三)のように、前記緊急失業対策法の一部改正によつて、失業対策事業に就労し得る者の要件は改正前に比べて厳格かつ複難になつた。)、そのため、公共職業安定所は、求職者の中から失対事業に紹介し得る者を、前もつて緊急失業対策法に定める要件に従つて区分けしておき、これによつて認定を受けた者を失業者就労事業紹介対象者、略して紹介対象者と呼び、この者は以後紹介対象者から除外され、あるいは紹介対象者としての取扱いを一時停止されない限り、失対事業に紹介されるにあたり、日々その要件の判断を行なうことなく紹介を受ける取扱いがなされることとなり、これによつて前記紹介に際しての実務上の困難が解消されることになる。この紹介対象者の制度は、緊急失業対策法その他の関係法令に直接根拠を有するものではなく、前記職業安定法および緊急失業対策法の一部改正によつて新たに設けられた失業対策事業制度を実務上円滑に運営するために、労働省職業安定局長より、公共職業安定所長を指揮監督する地位にある都道府県知事宛てに出された昭和三八年一〇月一日職発第七七七号「失業者就労事業へ紹介する者の取扱いについて」と題する通達(以下、第七七七号通達と略称する)に基づいて実施されており、右通達は紹介対象者の認定基準について緊急失業対策法が定める要件をさらに具体化して規定し、あるいは「紹介対象者としての取扱いの停止」等についての認定基準を詳細に規定している。

(三)  紹介対象者の認定は、公共職業安定所長が七七七号通達の別紙「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」(以下、取扱要領と略称する。)第2に定める要件を審査して行なうことになつている。これによると、〈1〉失業者であること。〈2〉就職促進の措置を受け終つた者であること。〈3〉引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者であること。〈4〉失業者就労事業に就労し得る労働能力を有するものであることがその要件とされ、〈1〉、〈2〉、〈3〉は緊急失業対策法第一〇条に規定する要件であり、〈4〉は失業対策事業制度が就労を前提とする以上、明文の規定がなくても当然必要な要件である。〈1〉については、失業者の定義は個々の事例では極めて微妙な場合が多く、昭和三八年一〇月一日職発第七七五号労働省職業安定局長通達にその認定基準が示されており、〈3〉については、七七七号通達に、原告主張の請求原因三の1の(二)の(1) 記載のとおり、その要件の認定基準が示されている。しかし、(2) の要件は新制度における著しい特色であり(その趣旨は後記三の1記載のとおり)、改正前の失対事業に紹介を受ける適格性の要件が、失業者であること、および家計の担当者であることの二つにすぎないのと大いに異なるところである。この職業安定法第二七条第一項に定める公共職業安定所長による就職促進措置の指示は、これを受けようとする失業者の申請に基づき、この申請は職業安定局長が定める手続及び様式に従い(昭和三八年一〇月一日職発第七九〇号通達別紙一「中高年令失業者等の認定及び就職指導関係業務実施要領」参照)、当該住所を管轄する公共職業安定所長に対して行ない、同所長が就職促進の措置を受ける必要があると認定すれば、その者に対して行なわれる。措置の認定を受けるための要件には、公共職業安定所に求職の申込みをしていること、誠実かつ熱心に就職活動を行なう意欲を有すると認められること、常用労働者(同一事業主に継続して使用される労働者をいう。)として雇用されることを希望していること、その他所得要件等があり、これらを審査した結果、就職促進の措置を受けるべきものと認定した者に対しては、その者の知識、技能、職業、経験その他の事情に応じて、就職促進の措置の種類及びその順序、措置の期間及びその開始の時期、措置の内容が職業指導及び職業紹介の場合は公共職業安定所に出頭すべき日、措置の内容が公共職業訓練あるいは民間委託の職業訓練、職場適応訓練の場合は訓練の職種及び施設を記載した書面を交付して指示がなされる(職業安定法第二六条第一項、第二七条第一項、同法施行規則第二一条)。このようにして、就職促進措置の認定を受けた者は、その措置の期間中手当が支給される(職業安定法第二九条)。一方、一旦就職促進措置の認定を受けた者でも、その認定を取消されることがある。すなわち、就職促進措置の指示を受けた者は、その実施に当たる職員の指導又は指示に従うとともに、自ら進んですみやかに職業につくことに努めなければならないが(同法第二八条第二項)、この指示に正当な理由なく従わないとき、不正行為によつて認定を受けたとき、雇用対策法第一三条の職業転換給付金若しくは失業保険金等を受け、若しくは受けようとしたとき、その他前記措置認定の要件に該当しなくなつたときは当該認定を取消される場合がある(同法第二七条第二項)。

一方、このようにして紹介対象者の認定を受けた者でも紹介対象者の要件を欠くに至つたとき(七七七号通達別紙取扱要領第5の1)、紹介対象者が、就職促進の措置を受けることを指示されたときは紹介対象者から除外され、また、次の各号の一に該当する場合は紹介対象者としての取扱いを一時停止され、又は紹介対象者から除外される(同通達別紙取扱要領第5の2参照)。

(1)  職業安定法施行規則第一三条第三項の規定に基づき、職業安定局長の定める求職の申込みの手続又はその手続に基づく公共職業安定所の指示に従わないこと、その他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること。

(2)  他人の紹介票(失業者就労事業紹介対象者手帳を含む、以下同じ。)を使用し、紹介票の内容を改ざんして使用し、若しくは、その他不正に使用し、又は紹介票を他人に貸与し、若しくは、譲渡すること。

(3)  運営管理規程により、事業主体から雇入れないこととされた者について、その理由からみて事業主体に紹介することが不適当と認められること。

紹介対象者の認定、除外等については右のとおりであるが、原告は昭和三八年緊急失業対策法の改正以前から失対事業に就労していたため、同法附則第二条第三項により就職促進の措置を受け終つた者とみなされ、七七七号通達別紙取扱要領第4によつて改正後も引き続き紹介対象者とする取扱いがなされた。

(四)  公共職業安定所長によつて紹介対象者と認定された者は、前記(二)のとおり以後紹介対象者から除外され、あるいは紹介対象者としての取扱いを一時停止されない限り、失対事業に紹介を受けるに際し、日々その要件について判断されることなく紹介を受けることができ、これとは逆にいかに緊急失業対策法第一〇条に定める要件を備えている者であつても、公共職業安定所長によつて紹介対象者と認定されていなければ、失対事業への紹介を受けることはできない。もつとも、紹介対象者は公共職業安定所に対し、失対事業への紹介を請求する権利を有するものではなく、また紹介を受けたからといつて事業主体に対し雇用を請求する権利を有するものでもない。しかし、現実には緊急失業対策法第一条に掲げる目的を達成するため、公共職業安定所は紹介対象者と認定した者全員につき失対事業に就労できるように努力し、紹介に際しては、紹介対象者全員について紹介の適正、公平を守り、事業主体側も公共職業安定所から紹介を受けた者については、一般の職業紹介の場合の求人者と異なり、原則として雇入れ拒否の自由を有せず(改正前の緊急失業対策法第一一条は「失業対策事業の事業主体は、公共職業安定所の紹介する失業者がその能力からみて不適当と認める場合には、当該失業者の雇入れを拒むことができる。」と定めていたが、このことは、その反対解釈として、事業主体には原則として雇入れ拒否の自由がないことを前提としているものと解されていた。なお、改正後の同法第一一条、福岡県失業対策事業運営管理規程(乙第一号証)第一三条参照)、できる限り紹介対象者全員を受け入れることのできるような態勢をつくるように努力しており、これらをよりよく可能ならしめるために、公共職業安定所と事業主体とが、紹介対象者の認定あるいは事業実施計画の策定等について綿密に連絡調整を行なつている(労働省職業安定局長より各都道府県知事宛昭和三八年一〇月二三日職発第八四九号通達参照)。したがつて、紹介対象者は、公共職業安定所ないし事業主体から右のような取扱いを受ける地位ないし利益を有することになるわけである。ことに、昭和三八年の前記法改正によつて、紹介対象者の失対事業への紹介については、いわゆる長期紹介方式が実施されることとなり、その地位は事実上ますます強固なものとなつた。すなわち、長期紹介方式とは、主として民間事業へ紹介されることが常態となつている者を除いた紹介対象者全員について、紹介期間を原則として毎月一日より始まる暦月一か月として紹介し、その際、長期紹介票に失対事業へ紹介する日、公共職業安定所へ出頭して民間事業等へ紹介を受ける日(民間紹介予定日)、職業相談日及びその他の出頭日を指定し、紹介対象者は紹介期間中右指定日以外は公共職業安定所に出頭することなく直接作業現場へ赴くというもので、これによつて事業主体にとつては同一人を継続して雇入れる利便、就労者にとつて同一作業場所へ直行して、就労できる利便、公共職業安定所にとつては職業紹介業務を簡素化できる利便がそれぞれ与えられた(労働省職業安定局長より各都道府県知事宛昭和三八年九月二一日職発第七五八号通達参照)。その他、紹介対象者については就労の機会が均等になるように配慮されたほか、その生活の安定を図るに十分なように賃金および就労日数の点にも配慮がなされ、賃金の増額はもちろんのこと、失対事業への就労日数は昭和四二年当時紹介対象者一人平均毎月二二日と、この制度が実施された当初、一五日程度であつたのに比しかなり改善されるにいたつた。

2(一)  ところで、行政事件訴訟法第三条第二項は、取消訴訟の対象について一般的概括主義をとり、「行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為」と定めているだけである。右取消訴訟の対象に、講学上の行政行為、すなわち公権力の行使によつて直接国民の権利・義務を形成し、またはその範囲を確定する行為が該当することは論を俟たないところであるが、これのみに限定して解釈すべき理由はない。ことに、取消訴訟の目的は、行政庁の違法な処分その他の公権力の行使を排除して国民の権利・利益を救済することにあるが、今日福祉国家の理念のもとにいわゆる給付行政の分野が急激に拡大するにつれて、行政庁の行為の中には、命令・強制により、国民の権利自由を制限し、義務を課する権力的行為のほか、多種多様の非権力的な行為が増大しつつあり、このような傾向の中では、非権力的行為についても取消訴訟の趣旨からみて、これを行政訴訟の対象と認むべき場合が多いであろ。そして、いかなる行為が取消訴訟の対象となるかは前記取消訴訟制度の目的に照し、かつ当該行為の性質、効果等をも十分検討して個別的に決すべきである。かかる意味から、取消訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁が一定の行政目的を実現するために一方的に行なう行為であつて、相手方である国民の権利義務その他の法的地位に重大な影響を与えるものと一応定義することができ、また右にいう国民の権利義務その他の法的地位とは既存の権利、義務ないし法律上保護された利益に限定すべきではなく、広く取消訴訟によつてその行為の効果を排除するに足るだけの法律上の保護に値する利益であればよいと解すべきである。このように解することによつて、複雑多様化する行政庁の活動によつて法律の保護に値する利益ないし権能を侵害された国民に法的救済の途を付与することができるのである。

(二)  これを本件についてみるに、前記認定のとおり、紹介対象者の制度は法令に直接その根拠を有するものでなく、公共職業安定所が事業主体に対して就労者を紹介する際の事務処理上の便宜のために前記七七七号通達によつて設けられた制度であり、その内容も失業者に対する職業の紹介というサービス行政である。しかし、紹介対象者の制度は、緊急失業対策法第一〇条の規定を具体的に執行するために設けられたものであり、(このことは、七七七号通達別紙取扱要領第1に「紹介対象者の取扱いについては、緊急失業対策法第一〇条の規定及び事業運営の必要に基づき、この要領によることとしたものである。」とあることからも明らかである。)、紹介対象者の認定(就職促進の措置の認定も含めて)、除外あるいは取扱いの一時停止等は、前記認定のとおり、行政庁である公共職業安定所長が失対事業への就労者の紹介につき、法律に定める要件に従つて行なうべきものであつて、それはまさしく行政庁により法律の執行として、かつ失対事業制度の運営という行政目的実現のために一方的に行なわれる行為というべきである。

被告は、紹介対象者といえども、公共職業安定所に対し、失対事業への紹介を請求したり、事業主体に対して雇入れを請求したりする権利を有するものではなく、その地位は事実上失対事業へ紹介を受け得るというに過ぎず、法律上の利益ないしは地位というべきものではないと主張する。しかし、失対事業を運営するにあたり、紹介対象者の制度を採用する以上、紹介対象者は前記1の(四)認定のような利益を享受し得る地位にあり、失対事業が失業者にとつて実際上最終の就労の場であるという事実に鑑みれば、紹介対象者の地位は明らかに法律上の保護に値するものということができる。そもそも、国が失対事業を運営して失業者を救済するのは、憲法第二七条第一項において保障した勤労の権利あるいは憲法第二五条において保障した生存権の規定に由来するが、右規定の趣旨は、国が単に国民の労働を得る機会を妨げてはならないというだけではなく、すべての国民にその必要とする労働の機会を確保し、もつて最低限度の生活を保障するよう積極的に努力すべき責務を負担し、これを国政上の任務とすべきところにあり、紹介対象者が享受する利益ないし地位は、遡ればこのような憲法の規定によつて保障されたものである。したがつて、紹介対象者は国が右のような国政上の責務を負う反面として、右のような利益を享受するのであり、紹介対象者には公共職業安定所や事業主体に対して直接紹介請求権や雇入請求権がないというだけで、このような利益は単なる反射的利益にすぎないと解すべきではなく、法律上の利益であると解するのが相当であり、しかも、紹介対象者でなければ、全く失対事業へ就労の機会が与えられず、一旦紹介対象者となれば現実には就労日数、賃金等の面で前記認定のような取扱いを受けるのであるから、右のような利益が法律上の保護に値するものであることも亦明らかである。

また被告は、紹介対象者といえども、公共職業安定所は適格者紹介の原則に従うから、必ず紹介を受けるとは限らず、事業主体においても雇入れ拒否の自由を有するので、確実に失対事業に就労できるとは限らず、その地位は単に失対事業へ紹介を受け得る事実上の可能性を有するに過ぎない旨主張するが、失対事業への紹介については、前記認定のとおり、最終の就労の場を確保するということから、就労日数については紹介対象者全員に公平を期して行なわれており(平均一か月二二日就労)、事業主体の雇入れ拒否も、一般の職業紹介の求人者の場合と異なり、原則として許されない(なお、福岡県失業対策事業運営管理規程第一三条は事業主体が雇入れを拒否し得る場合を規定して、このことを明示する。)から、被告の右主張にも、にわかに賛成できない。

さらに、被告は紹介対象者から除外されたからといつて、民間、公共事業への紹介を受け得ないわけではないので、最終の就労の場を失なつたものではないと主張するが、失業者就労事業へ紹介し得る者(すなわち紹介対象者)は職業安定法第二七条第一項の規定(昭和四六年法律第六八号により削除)により公共職業安定所長が指示した就職促進の措置を受け終つて、なお就職できなかつた者であることを要するのであるから、被除外者といえども、なお民間、公共事業等への紹介を受け得ないわけではないとしても、それをもつて、事実上最終の就労の場を失つたものではないと即断することはできないから、被告の右主張にもにわかに左袒することはできない。

そうだとすると、紹介対象者から除外する旨の本件決定通知は、行政庁である被告が、緊急失業対策法に従つて失対事業への紹介業務を遂行するにあたり、一方的に行なつた行為であり、これによつて、原告は将来とも失対事業への紹介を拒否され、事実上最終の就労の場である失業者就労事業への就労の機会を失うという重大な不利益を被むり、法律上の利益ないしは法律上の保護に値する利益を侵害されることになるのであるから、右処分は行政事件訴訟法第三条第二項にいう「公権力の行使に当る行為」に該当し、取消訴訟の対象となるものというべきである。よつて、被告の本案前の抗弁は採用できない。

三  処分の効力について

被告は、原告には被告の主張二の1の(一)、(二)に掲げるような行為があり、就中、同(一)の飯塚公共職業安定所次長松本好人に対する暴行は極めて悪質なものであり、これに同(二)のその他の行為をも併せ考えると、原告は「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」に該当せず、仮に該当するとしても、右のような行為をなす者は、紹介対象者より除外するのが相当であると主張する。そこで、まず、これらの行為の背景について検討したうえ、右各行為の存否について順次判断を加えることとする。

1  本件の背景について

〈証拠省略〉によれば、次の各事実が認められる。

昭和三八年の緊急失業対策法および職業安定法の改正の骨子は被告の主張一の1の(一)記載のとおりである。

すなわち、失対事業制度は戦後の社会経済の混乱期に当時政府が進めようとしていたデフレ政策(いわゆるドツヂ・プラン)によつて、将来大量の失業者の発生が予想され、これを救済するために、昭和二四年に発足した制度であり、この制度は、その後規模を拡大しながら、それなりの社会的役割を果してきたものの、昭和三〇年代の後半になると、経済の高度成長政策のもとにおいて、わが国における雇用失業情勢は全般的に著しく改善され、一部では若年労働者を中心に労働力の不足をみる程までになつた。それにもかかわらず、失対事業においては就労者の長期固定化および老令化の傾向が著しく、制度創設の趣旨に反し、民間雇用への復帰が思うにまかせず、ひいては失対事業就労者の増加は地方財政への圧迫ともなり、その改善が要望された。政府においては、このような事態を招いた最大の要因は、民間雇用への就職が困難な中高年令者に対し、従来十分な職業上の指導ないし訓練の機会が制度的に与えられなかつたことにあると考えた。そこで前記改正の主たる狙いは、このような中高年令者を重点的な対象として積極的な雇用促進のための措置を講じ、その就職活動を容易にし、このような措置を受け終つてもなお就職することができない失業者に対して就労の機会を与える制度とすることにあつた。すなわち、失業者を失業者としていつまでも停溜せしめないというところに改正の重点が置かれ(これを労働力流動化政策という。)これによつて、わが国の失対事業制度は従来の失業対策保障型から、雇用促進型へと抜本的に改革されるにいたつた。そして、新しい失対事業制度のもとでは、他の雇用促進の制度すなわち、炭鉱離職者臨時措置法(昭和三四年法律第一九九号)、港湾労働法(昭和四〇年法律第一二〇号)、雇用促進事業団法(昭和三六年法律第一一六号)、雇用対策法(昭和四一年法律第一二三号)等による雇用促進政策の推進によつて、一般的な労働力需給関係が改善され、新規に失対事業に就労する者の数が減少する一方、すでに失対事業に就労していた者の中から民間雇用へ就職する職が数多く出たため、失対事業に就労する者の数は激減し、全国の紹介対象者の数は、昭和三八年の約三一万人から、同四二年の約二三万人となり、それに伴つて失対事業の規模も大幅に縮少した。

しかし、日雇労働者を中心に失業労働者、半失業労働者で組織している全日自労では、このような失対事業制度の改正は失対事業の打切り(その結果としての全日自労の消滅)につながるものだとして、昭和三七年労働大臣による前記各法改正の構想が打ち出された頃から強硬に反対の意向を表明していたが、右のとおり現実に新制度のものとで紹介対象者数が激減していくのに対して、昭和三九年頃から全国各地で紹介対象者をふやすための運動、いわゆる求職闘争(当局側ではこれを失対流入闘争と呼んでいる。)を展開していつた。新制度のもとで紹介対象者が激減したのは、前記のごとく高度成長のもとで労働力の需要が増大して、雇用促進政策が功を奏した面のあることは否めない事実であるが、全日自労では、新制度のもとで、公共職業安定所が新規に紹介対象者を認定するのに不当に厳格な運用を行ない、かつすでに紹介対象者と認定されている者に対して劣悪な労働条件の民間雇用への就職を強行したことに起因することが大きいと考え、このような公共職業安定所の運用に反対するとして前記求職闘争を展開した。ことに、改正法によつて新たに採用された就職促進の措置の運用が新制度施行当初はとくに厳格に行なわれたため、全国的に措置不認定の事例が続出し、これに対する不服申立てや全日自労の抗議によつて、一時その認定は緩和されたが、昭和四二年にいたるや再びその運用が厳しくなつたため、全日自労の求職闘争は、この就職促進措置の運用に対して多く向けられた。たとえば、就職促進措置の認定を受けるためには、公共職業安定所に求職の申込みをしていることが必要であるが(職業安定法施行規則第二一条第三項)、公共職業安定所が容易に求職の申し込みを受理しないとか、就職促進措置の申請を容易にさせないとか、あるいは一旦受理してもその認定が長びくとか、不認定の場合、その理由を十分告げられないとかの不満が述べられた。あるいは、就職促進の措置認定の要件が厳格に過ぎ、特に求職者の中には高令者が多く(ちなみに、紹介対象者の平均年令は、昭和三〇年には四五・八歳であつたのに対し、同四〇年には五二・八歳と高令化している。)、これらの者には民間の求人が殆んどなく、仮りにあつても失対事業より劣悪な労働条件の場合が多いため、就職促進措置の申請に際して、失対事業で働きたい旨希望を述べる者が多く、このような場合には、前記認定の要件中「常用労働者として雇用されることを希望していること」あるいは「誠実かつ熱心に就職活動を行なう意欲を有すると認められること」の要件を備えないと判断され、不認定となる事例が多く、また認定に際してなされる前歴調査が従前に比して厳格に行なわれたことなどに対して、全日自労の抗議が集中した。また、一旦就職促進措置の認定を受けても、住所を変更しなければならず、かつその変更が困難な広域の職業紹介が一方的に行なわれたり、あるいは賃金、就労期間、各種保険等労働条件の十分でない民間雇用への紹介がなされたりし、これを拒否すると措置の認定が取消され(職業安定法施行規則第二一条第四項)、ことに後者の場合、前記のとおり高令者には有利な労働条件の求人は殆んどなく、しかも職業紹介の拒否が正当と認められる基準として、前記七七五号通達は「就職先の賃金が、その地域の同種の業務において、同職種について同程度の経験年数を有する同年輩の者が受ける賃金(地場賃金)と比較し、その賃金の概ね一〇〇分の八〇以下の場合」と定められているため、いきおい低賃金の民間雇用への就職を強要される場合があり、この点に対しても全日自労の批判が集中した。そこで、全日自労は右のような失対事業制度の運用に反対して、全国各地で公共職業安定所に対する抗議ないし集団陳情をくり返えす一方、右のような公共職業安定所の取扱いに対抗して、全日自労主催の学習会を各地で開き、中小企業の低賃金所得者、行商人、家庭の主婦等の半失業者に対しても、全日自労への加入と失対事業への就労要求参加を呼びかけることとし、また、紹介対象者の認定を受けるための種々の対策をねり、すでに紹介対象者の認定を受けた者については、失対事業における労働条件の改善等を検討し、以上の結果をさらに各地で調査研究し、失対事業就労者数の拡大と全日自労の組織の強化を図つた。そのため全日自労と失対事業の運営にあたる当局との間にはトラブルが絶えず、昭和四二年頃には一層その度合が強くなり、全日自労は、同年二月に開かれた第二四回臨時大会においては、失対事業の運営につき、次のような項目を掲げて当局側に要求し、これを基盤にその後も引き続き求職闘争を展開した。すなわち(1) 職業選択の自由と居住地紹介の原則を保障し、本人の希望する仕事をあつせんせよ。(2) 安定した仕事と本人の家族をふくむ最低生活ができる賃金を保障するところに就業させよ。(3)労働基準法その他の労働法規の定める労働者の諸権利が保障されている職場に就業させよ。(4) 各種の社会保険、退職金制度などの労働条件が保障されている職場に就業させよ。(5) 以上の最低の権利が保障されないときには、無条件で失業保険金の支給、失対事業への就労の権利を認め、これを大幅に改善せよ、の以上五項目がそれである。

前記のとおり、新制度のもとで、全国的には失対事業就労者の数は激減し、その規模も縮少されつつあるにかかわらず、福岡県における紹介対象者の数は昭和三五年の二万五、〇〇〇人から同三八年の三万五、〇〇〇人、同四一年の三万二、〇〇〇人と一向に減少の傾向をみせないのみか、昭和四二年の時点では、同四三年には三万八、〇〇〇人、同四五年には四万五、〇〇〇人と漸増することが予想された。ことに筑豊地方における紹介対象者の数は、昭和三五年に五、五〇〇人であつたものが、同四一年には八、九〇〇人となり、全国的な傾向とは反対に急増した。そのため福岡県では、これに応じて失対事業の規模も拡大せざるを得なくなり、これを予算の面からみると、昭和三五年度と同四〇年度を比較した場合、福岡県全体で二・六倍、筑豊地方の田川市で二・二倍、直方市で二・六倍、飯塚市で四・八倍、山田市で二・八倍とそれぞれ増加し、また失対事業に吸収された延人員数では、県営事業が二・二倍、市町村営事業が一・二倍と増加した。このように拡大する失対事業の運営のため、県及び市町村の財政支出は逐年増加し、昭和四〇年度の失対事業費の総予算に占める割合は、福岡県は他の都道府県よりも群を抜いて多かつた。このような現象は、全日自労の求職闘争に起因する面もあるが、その主たる原因は、いうまでもなく、昭和三〇年頃から始まつた石炭合理化政策によつて、福岡県内の筑豊を中心とする各地の炭鉱が相次いで閉山したため、多数の失業者を出し、その規模がわが国産業史上まれにみる程の大がかりなものであつたために、再就職の困難な中高年令者を中心に多数の失業者が停溜していたことによるものである。特に筑豊地方では右石炭産業のほかにはみるべき産業もなく、仮にあつたとしても、不安定でしかも劣悪な労働条件の職場しかなく、失業者の多くが、これら民間雇用より条件のよい失対事業へ殺到する傾向にあつたため、福岡県においては、失対事業の膨張傾向を少しでもくい止めようとする県ないし市町村と、失業者ないしは半失業者をできるだけ失対事業に就労させ、自らの組織を固めようとする全日自労との間で、前記のような失対事業の運営をめぐつて紛争が相次ぎ、それは右のような事情から、他のどの県よりも深刻なものであつたが、原告が執行委員長(分会長)をしていた飯塚分会は、その中でも最も紛争の激しいところであつた。

2  処分事由の有無について

(一)  昭和四二年四月一七日以降同年七月三一日までの飯塚公共職業安定所における全日自労飯塚分会の集団交渉、および同月二八日の同所次長松本好人に対する暴行について。

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

前記1認定の情況下において、全日自労飯塚分会においても、昭和四二年当初求職闘争の一環として、飯塚公共職業安定所に集団でたびたび陣情に赴き、就職促進の措置の申請手続を担当する職業紹介課の係員あるいは就職指導官に対して認定手続を速やかにすべき旨を要求し、不認定のケースについては本人とともに理由の説明を求め、あるいはそれに対する抗議を行ない、求職に来ている組合員以外の者に対しても、色々とその面倒をみて、組合員同様、不認定となればともに抗議を行ない、全日自労への加入と前記求職闘争への参加を呼びかけた。集団陳情の人数は少ない時で一〇名程度、多い時で四、五〇名にも及び、昭和四二年当初頃から、再び就職促進措置の認定が厳しくなつたため、陳情や交渉の回数もひんぱんとなつたが、そのような時には、分会役員数名が必ずこれに同席し、原告も当時の分会長(執行委員長)としてしばしば陳情に赴いた(昭和四二年四月一七日以降同年七月三一日までの陳情の回数、動員数、動員時間等は別表記載のとおりである)。ところで、従来は、就職促進措置の認定を受けて措置期間を終了すれば、一週間後には失対事業に紹介を受ける取扱いになつていた(昭和三九年三月三一日労働省職業安定局失業対策部長職発第一六号通達参照)が、飯塚公共職業安定所では昭和四一年後半から同四二年にかけて就職促進の措置認定を受ける者が急激に増えたため、予定どおり失対事業が拡大されても措置終了者全員を吸収することができなくなり、措置終了後一週間を経過しても失対事業へ紹介してもらえない事例が相い次ぎ、紹介を受ける時期が措置終了後一〇日、一か月と延びていつたため、同年六、七月頃には、措置期間が切れてなお失対事業に就労できない失業者数は五〇名にも上り、その数はますます増える一方であつた。そこで、これらの者が連日失対事業への紹介を要求して飯塚公共職業安定所に押しかけ、他方、飯塚分会でも、従来の求職闘争に加えて、この問題を当面解決を急ぐべきものとしてとりあげ、同年六月以降は就職促進の措置の認定を担当する職業紹介課あるいは指導官室のほか、失対事業への紹介計画を担当する労働課への陳情をくり返えした。そして、この問題は従前の求職闘争に比し、より切実なものであつただけに、その集団陳情は以前にも増して激しく、長時間にわたることが多かつた。就職促進措置を終えてもなお失対事業への紹介を受け得ないという事態の発生は、前記のように福岡県における失業者の数、ひいては就職促進措置の認定を受ける者が急激に増加したため、紹介対象者を受け入れる事業主体において、当初予定していた吸収人員の年間計画では不十分であり、事業拡張計画が間に合わなかつたことによるものであるが、吸収人員計画の策定ないしその手直し(拡張)は、人的物的施設を必要とし、予算を伴うものであり、前記のとおり、福岡県においては、失対事業費の地方財政に占める割合が大きいため、その実現は極めて困難であり、特に一出先機関にすぎない飯塚公共職業安定所の容易になしうることではなかつたので、同所としても、これらの陳情に十分答えることができず、原告らとの話し合いはいつも物分れに終り、そのため陳情が繰返えされた。

右のような情況のもとで、昭和四二年七月二八日午前一〇時一〇分頃、飯塚公共職業安定所次長松本好人が、当日出張のため不在であつた同所庁舎一階の職業安定課長の席に腰かけて、職員の執務状況を見ていたところ、飯塚分会の副委員長近藤義光がひとりで訪れ、就職促進の措置を受け終つた者(すなわち措置切れの者)を早急に失対事業に就労させるように松本次長に申入れた。右の件については、すでに同月に這入つて三回程組合と交渉を持つており、当日飯塚分会との交渉を約束していたわけではなかつたが、折角の申し入れであるので、同次長は一応これに応じ、「この件については就労枠の拡大の問題や、就労現場、現場小屋、機材、副監督等の問題があるので、現在関係方面と折衝中である。」旨回答した。しかし、近藤副委員長はこれに満足せず、同次長と問答を続けていたところ、飯塚分会の組織部長伊藤久雄が四、五〇名の組合員とともに訪れ、同次長を取り囲み「措置切れの者をどうしてくれる。」「この人たちに飯を食わせろ。」などと詰め寄り、同次長の「ルールに従つて一〇名以下の人員で交渉するように」との申し入れ(昭和四二年二月の福岡県労働部長通達によれば、陳情にあたつてはあらかじめ文書でその旨申し入れ、交渉人員は一〇名以内とすることになつている。)に応せず、暫くやりとりが続くうち、原告もこれに参加し、原告が同次長の正面に席をとり、措置切れの処遇、就労計画の内容について具体的な回答を求めたが、同次長はこれに対して前同様の回答をくり返えし、さらに「就労計画の詳しい内容は労働課の所管であるので、そちらに聞いてほしい」旨答え、同所労働課長中原博からも電話でその旨原告に伝えたが、原告らはこれに納得せず、「次長が知らない筈はない。」「労働課長への指示内容を話せ。」等と詰め寄つた。原告らは前記のとおり、それまでにも措置切れの者の問題について度々右労働課が福岡県職業安定主務課にも陳情を行なつてきたが、その都度努力しているという回答を得るだけで、現実には、事態は一向に改善されないので、右のように飯塚公共職業安定所の責任ある地位の人に、善処方を申し入れたのであるが、その日も具体的な確約が得られないので、原告らは次第に興奮して声も荒くなり、またその場にいた組合員の中からも怒号や激しいやじが飛び、職業紹介課の部屋は一時騒然となつた。しかし、ついに結論は出ず、同じ問答を繰り返すうち正午を過ぎたので、松本次長は昼食をとるため交渉を打ち切つて席を立とうとしたが、原告らは話はまだ終つていないとしてこれを阻止したため、その場にいた女子紹介係長荒川正一ほか二名の職員らがこれを排除した。そこで松本次長は一階正面の求職者出入口から一旦外に出て、二階にある自室に帰ろうとしたが、近藤副委員長、伊藤組織部長ら四、五名の者が階段上り口に先回りして、松本次長の行く手を塞いだので、前記荒川女子紹介係長らは同所に赴き再びこれを排除した。松本次長はその隙をみて、階段を四、五段上つたところ、原告は右階段の数段上の左側手すりを乗り越えてさらに二、三段上り、松本次長の行く手に立ち塞がり、「話はまだすんどらん。降りろ。」と申し向け、同次長の進路を妨害する姿勢を示したが、同次長がなおも原告の側方を通り抜けて上ろうとしたため、原告の体に触れ、よろめいて体を半転させ、右手で階段の左側の手すりを握り、二、三段下に右足を折るようにして坐りこだ。同次長はこれによつて二週間の静養加療を要する右足関節捻挫の傷害を負つた。前記荒川女子紹介係長らは直ちに松本次長を抱き起し、両手を抱きかかえるようにして所長室へ同行した。原告は、この日の交渉の結論を出すべく、委員長、副委員長の二人とだけでも、もう一度会つて呉れるように荒川係長を通じて同次長に申入れたところ、当初は部屋に鍵をかけて会おうとしなかつたが、結局次長もこれを受けて、二階の庶務課の部屋で荒川係長立会いのうえ、原告および近藤副委員長の両名と会い話し合つたが、ついに結論は出ず、翌二九日労働課で話し合うことで持ち越しとなつた。その後、松本次長は、右受傷は原告の暴行によるものであるとして、原告を警察に告訴したが、同告訴事件は同年一一月三〇日福岡地方検察庁飯塚支部において嫌疑不十分を理由に不起訴処分となつた。

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は措信しない。

被告は、松本次長の前記受傷は、原告が同次長の肩および胸あたりを押して、階段から転落させたことによるものであると主張し、〈証拠省略〉中には、右主張に符合するような供述、記載が存するけれども、これらは前掲措信しうべき諸証拠、特にこれらの証拠によつて認定した前記松本次長転落の態様、程度等に比照して直ちに信用がしたく、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  昭和四一年二月二日の福岡県土木部土木監理課長に対する暴行および同月五日の飯塚土木事務所次長に対する暴行について。

〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

福岡県は、昭和四一年二月二日午後一時から同県庁土木部長室において、全日自労福岡県支部との間で、昭和四一年度の失対事業の事業計画について打ち合わせを行なうことになり、福岡県側から土木部次長、久野土木部土木監理課長、ほか河川課長、道路維持課長、都市計画課および監理課の両課長補佐らが、また組合側から県支部の竹馬、由代、石川ら各執行委員また飯塚分会から原告ほか三、四名、他の分会から各一名ずつがそれぞれ出席したが、右打ち合せでは、当初予定されていた議題を差しおき、当日飯塚分会から出された鎮西現場小屋設置の問題がもつぱら議論の対象となつた。当時の県土木事務所が公共職業安定所の紹介を受けて、就労者を失対事業に就労させる手順は、長期紹介方式により、就労者は現場小屋に直行し、面着を終えると、副監督はその場で、失対手帳(紹介対象者には必ず失対手帳が交付されることになつている。昭和三九年三月二日職業安定局長職発第一一二号参照)を就労者から受け取り、各就労者に仕事を割り当てたうえ現場に連れて行き、終業時刻になると現場小屋に戻つて手帳といつしよに賃金を就労者に交付することになつていた。当時、飯塚土木事務所管内には三つの現場小屋があり、面着をするのはそのうち立岩現場小屋だけであつたが、昭和四一年初め頃には就労者が急増して、同現場に多数の就労者が集中し、そのため作業上もまた事務手続上も不都合な面が多く、これを解消するために飯塚土木事務所では新たに鎮西地区に現場小屋を設置し、従来立岩現場小屋で面着していた者の一部を鎮西現場小屋で面着するようにし、これを同年二月一日から実施することとした。ところが、福岡県と全日自労福岡県支部との間には、従来から失対事業の運営は双方話し合いのうえ行なう旨の確認事項が存し、現に昭和四〇年一二月一五日にもこのことが両者の間で再確認され〈証拠省略〉、これに基づき、同月二〇日付で県土木部から各土木事務所、出張所宛に同旨の通達が出されていた。飯塚分会は、右鎮西小屋の設置は飯塚土木事務所が右確認事項を無視して、飯塚分会の意見も聞かずに一方的に設置したものである(その真偽については暫く措く)としてその設置に反対し、そのうえ、現場小屋は立地条件が悪く、暖房、水道、便所等の設備が不十分であるとして同現場小屋での面着を拒否した。しかし、飯塚土木事務所は翌四一年二月一日から鎮西現場での作業を強行し、同日から同現場へ配置換えを命ぜられた者のうち、同現場での就労に反対して、従来どおり、立岩現場小屋に面着に行つた者に対しては失対手帳の受領を拒否し、その日の賃金の支払をしなかつた。以上のような経緯で、組合側は前記二月二日の交渉では、鎮西現場小屋の問題について県側に強く抗議し、その善処方を申し入れた。当初県側は、このような問題は現地の飯塚土木事務所と組合との間で解決されるべきことで、県土木部が直接これに関与すべきではないとして、この申し入れに応じなかつたが、組合側の再三の強い抗議に県当局も折れ、飯塚土木事務所にこの件について電話で問い合せたところ、同事務所からは、本件についてはすでに組合側と十分話し合い済みであり、また小屋の施設も不備な点はないとの回答を得たので、その旨組合側に伝えたが、組合側はこれに納得せず、さらに抗議をくり返えした。右交渉は一旦午後五時過ぎに休憩に這入り、間もなく再開されたが、そのうち交渉の内容も、原告を含む一五名の者が、当日鎮西現場での就労を拒否したため賃金カツトを受けたことに対する抗議にかわり、原告は右一五名の失対手帳をふりかざして、これらの者の賃金を支払うように県側に執拗に要求した。その間、組合側の申入れがかなり強行であつたため、時折騒然となる場面があり、また長時間にわたる交渉で県側が沈黙がちになると、これに対してさらに強い抗議をくり返えすなど、交渉は長びき翌三日午前三時頃まで続けられた。しかし最後には、県土木部次長と組合側との間で

(イ) 賃金については生活できるように責任をもつて善処する。

(ロ) 今後は失対事業の運営についてはすべて組合と協議して解決する。

(ハ) 現地の土木事務所が一方的に強行した点はこれを白紙に戻し、一月三一日以前の状態に引戻して協議すべきことを確認する。

等の事項を確認し、両者間に確認事項書を作成し、かつ賃金カツトを受けた一五名に対しては、とりあえずその場で土木部次長が七、五〇〇円をポケツトマネーから概算払いしておくことで、話し合いがつき、右交渉は終了したが、右交渉が終りに近い、同日午前二時三〇分頃、組合側とのやりとりで久野監理課長が応対中、同課長の向側に机をはさんで座つていた原告が、同課長の発言に激昴し、机を乗り越えて同課長の側に行き、同課長の襟首を掴んで強く引張り、カツターシヤツの右襟を破るという不祥事が発生した。

県側は同日右土木次長の確認事項を履行するため、県土木部の野村課長補佐を現地に派遣し、飯塚土木事務所の関係者から意見を聴取したところ、現地での組合側との話し合いは事前に十分尽くされており、今更現場小屋設置問題を白紙に戻すことは不可能なことであるし、賃金問題も現地に委任された事項であり、土木部において勝手にやるべきことではないとの意見が強かつたので、同課長補佐は「組合側の反対理由は正当なものとは判断し難く、確認事項を実施した場合には、現地行政を更に紛糾させるおそれがある」旨を県土木部に報告したところ、土木部次長はこの意見を採択し、鎮西小屋の設置撤回はこれを取り止め、これによつて生ずる問題は同次長の責任で解決するので、組合側に了解を得て欲しいとのことであつたが、当日は箱田飯塚土木事務所長が高血圧のため交渉に出られない状態であつたので、「飯塚土木事務所長が病気であるので団交を延期する。しかし、その間は鎮西現場の就労者のうち希望者は立岩現場に就労してもよい。」旨の覚書を手交してその場をつくろつた。しかし、このような飯塚土木事務所の態度に抗議して、連日飯塚分会の組合員が同事務所に押しかけ、二階失対課の部屋を占拠するなど、同事務所の一般事務も阻害されがちであつた。そこで、県土木部は現地のこのような混乱を収拾するため、同月五日香月失対係長を飯塚土木事務所に派遣して、この問題の解決について話し合つた。そこへ、原告を先頭に多数の飯塚分会の組合員が押しかけ、同日午前一〇時頃から正午までの間、同事務所庁舎一階事務室あるいは二階所長室において飯塚土木事務所次長小川弥を取り囲み、原告が中心となつて「お前がいうことを聞かないので鎮西小屋が撤回できない」等と申し向け、同次長が腰掛けている椅子を廻し、腕組みした肘でこずき、体をぶつつけ、上膊部をつかみ、顎をつき上げるなどの暴行を加えた。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  昭和四一年六月二五日の川島現場小屋における川崎ミツエに対する暴行について。

〈証拠省略〉によると次の事実が認められる。

昭和四一年六月二五日、当時飯塚分会の執行委員長(分会長)であつた原告は、飯塚市川島所在の現場小屋で、全日自労の情報宣伝活動を行なうことになつていた。川島現場小屋には当時約一〇〇名の就労者が詰めていたが、その中には全日自労に所属している者は一五、六名で、他に筑豊労働組合、全国民主労働組合に所属する者各数名のほかは、ほぼ飯塚日雇労働組合(以下、日労と略称する)に所属する者であつた。この日労の組合員らは、もと全日自労に所属していたが、昭和四〇年七月の飯塚分会の役員改選に際し、それまでの執行委員長にかわつて原告が選出されたため、これを契機に全日自労から脱退し、新たに結成された日労に加入したものであるため、飯塚分会の組合員と日労の組合員との間には、日頃、事毎に反目する状態が続いていた。当日、原告は午前八時三〇分頃川島現場小屋に到着し、あらかじめ職場委員を通じて現場監督の了解を得ていたため、直ちに飯塚分会の組合員に対して情報宣伝を開始した。その頃はすでに作業開始時刻を過ぎていたが、飯塚分会の組合員以外の者だけを作業に就かせるわけにもいかず、監督の指示でこれらの者の多くは現場小屋で待機していたが、原告の情報宣伝が始まると、さらに日労の組合員の半数程が小屋の外に出たため、残留人員は五〇名程度となつた。原告の情報宣伝はこれら他の組合員のいる中で二、三〇分間に亘つて行なわれ、最後に原告が質問を促すと、飯塚分会の組合員からは何も質問はなかつたが、当時日労の婦人部長をしていた川崎ミツエが、原告の情宣の中に日労を非難するような内容があつたとしてこれに抗議する意味で質問をしようとしたところ、原告は組織の異なる組合員の質問を受けるわけにはいかないとしてとり合わなかつたので、同女が強くこれに抗議したため、その場にいた飯塚分会の組合員と日労の組合員との間に口論が始まり、小屋の中は騒然となつた。一方、原告は抗議した右川崎に対し、「がたがた言わんで現場へ行け」と申し向け、同女の胸を押して二、三歩同女を後退させたので、これに激昂した同女が「暴力を振うとね」といいながら前進し、原告に詰め寄つてきたため、原告が同女の両肩に手をかけてひねるようにして体をかわしたところ、同女は側にあつたストーヴの穴に仰向けに倒れた。その際、同女は治療見込七日間の両側肢鼠蹊及び右肩胛挫傷の傷害を負つた。

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は信用できない。

被告は、川崎ミツエの右受傷は原告が同女を故意に突き飛ばして転倒させたからであると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  無断職場離脱について

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

原告が飯塚分会の執行委員長(分会長)をしていた昭和四一、二年頃は、原告は執行委員会への出席、情宣活動、公共職業安定所ないしは事業主体への団交、陳情など殆んど組合専従類似の活動を行つていた。右活動は失対事業に就労できないいわゆる「あぶれ日」を利用することもあつたが、通常は面着後の就労時間中に従事することが多かつた。ところで、当時飯塚土木事務所においては、右のように就労時間中組合用務のため職場を離脱する場合には、あらかじめ組合厚生業務従事許可証を発行しておき、その発行を受けた者が、その都度現場監督に職場外行動許可願を出して許可を受けた場合に限り、賃金カツトを受けずに職場を離脱できる建前になつていた。しかし、実際には、昭和四三年九月、福岡県の失対課から各出先の失対事務所に対し「失業対策事業の運営改善について」と題する通達が出されて、その取扱いが厳格になるまでは、組合用務のため職場を離れる場合、右のような正式の手続をとる者は殆んどなく、ただ口頭で監督にその旨伝えるだけであつたし、また監督もこれを黙認し、賃金カツトも、監査があるてまえ、その一部をカツトするに過ぎないという運用がなされていた。また、福岡県失業対策事業運営管理規程〈証拠省略〉第二三条には労働時間の利用について「就労者の代表として、県(事業実施機関を含む)及び事業実施機関の管内にある失業対策事業の事業主体である市町村との団体交渉(交渉人員、交渉時間等について県及び事業実施機関の同意を得ている者に限る。)に参加するとき。」には作業管理員の許可を受けて労働時間を利用できる旨の定めがあるが、実際にはそのような正式の手続をとらずに団体交渉がなされることが多く、交渉相手が事業主体である場合には、誰が正式の手続を経ずに交渉に参加しているかは容易に現認できるにかかわらず、賃金カツトは、殆んど行なわれず、また事業主体においても、失対事業を円滑に運営するために組合と打ち合せをすることがたびたびあつたが、これがため組合員が正式の手続をとらずに職場を離れることがあつても、特に注意することもなく、また格別問題にもしなかつた。そのようなことから、原告が飯塚職業安定所へ前記(一)認定の集団陳情を行なつた際にも、別表備考欄のとおり、なかには、あぶれ日を利用したり、正式の組合厚生業務従事の許可を得た場合もあつたが、その殆んどは職場離脱の許可もなく賃金カツトもないという実情(別表によれば一度だけ賃金カツトを受けている)で、当時としてはそのような取扱いが半ば慣行化していた。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  除外理由該当性

被告は、原告の以上の行為は、緊急失業対策法第一〇条第二項に定める「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」のなすべき行為ではないのでこれに該当せず、仮に然らずとするも原告の行為は公共職業安定所の紹介業務または失対事業の適正妥当な運営管理を阻害するものであるから、このような者は法律の規定がなくとも、条理上失対事業の紹介適格性を欠くものとして、紹介対象者から除外するのが相当である旨主張する。しかして、右の「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」の具体的な認定基準は原告主張の請求原因三の1の(二)の(1) に説示するとおりであり(七七七号通通別紙取扱要領第2の〈3〉参照)。これによれば、原告の前記行為は右にいう求職活動とは直接関係がないものといえるから、前記行為があつたからといつて直ちに右条項に該当しないとなすことはできない。しかしながら、右の緊急失業対策法第一〇条第二項は紹介対象者の必要要件を定めたものではあるが、同項の要件を備えてさえいれば、紹介対象者としての資格に十分であるというのではなく、失対事業制度の趣旨、目的からして当然と思われる事項が、さらにその必要な要件として加えられることがある。たとえば、前記二の1の(三)で説示したとおり、七七七号通達別紙取扱要領第2の〈4〉が紹介対象者の要件に「失対事業に就労し得る能力を有するものであること」を掲げているのも、失対事業制度が単なる生活保護制度と異なり、就労を前提とするものである以上、法律に明文の定めがなくても、同法の解釈上当然必要なものとして是認されるわけである。これとは逆に、一旦紹介対象者と認定されている者でも、紹介対象者の要件を欠いた場合だけに限らず、たとえば、七七七号通達別紙取扱要領第5の3が「紹介対象者が就職促進措置を受けることを希望し、職業安定法第二七条第一項の規定に基づき就職促進の措置を受けることを指示されたときは、その者を紹介対象者から除外する」としているのも、就職促進の措置の趣旨からして当然のことであり、そしてまたこれと同様に、七七七号通達別紙取扱要領第5の2が、前記二の1の(三)で説示したように、法定外の事項を、紹介対象者としての取扱いを一時停止し、又は紹介対象者から除外する事由として掲げているのも、公共職業安定所の紹介業務の適正な運営管理を図るために必要なものとしてあながち違法となすことはできない。但し、前記二の2の(二)で認定したとおり、紹介対象者の地位は、失業者にとつて事実上最後の就労の場を確保するものであり、紹介対象者から除外することは、その機会を奪うことになるのであるから、その認定は厳格かつ慎重に行なうべきであり、原告の行為が一応除外事由に該当するとしても、除外処分が正当であるためには、それが失業者の最後の就労の場を奪うのもやむを得ないと思われるほどに重大な事由の存する場合であることを要するものと解すべきである。

そこで、これを本件について検討するに、

前記(一)の点については、本件除外処分の直接の契機となり、かつ処分の最大の事由となつた、原告が松本次長の肩および胸のあたりを押して、階段から転落させ受傷させた事実はこれを認めることができない(もつとも、松本次長の進路を妨害する等不穏当と思われる行為のあつたことは前記認定のとおりである。)けれども、昭和四二年四月一七日から同年七月二八日までの間に、別表記載のとおり、飯塚公共職業安定所に対し集団陳情ないし交渉を繰り返した事実が認められ、その集団陳情ないし交渉の程度、規模は前記認定の七月二八日の模様からみても明らかなように、かなり強硬で激しいものであつたことがうかがわれ、そのために飯塚公共職業安定所の紹介業務に重大な支障を与えた(七七七号通達、別紙取扱要領第5の2の(1) 参照)であろうこともまた容易に推認しうるところである。しかしながら、原告らが行なつたこれら集団陳情ないし交渉は、前記2の(一)で認定したように、昭和三八年の職業安定法および緊急失業対策法の改正以来、失対事業の運営をめぐる当局と全日自労との間の深刻な対立の中で生じたものであり、また就職促進措置の認定手続の運用の改善について、原告らが公共職業安定所に陳情すること自体は必ずしも不当なことではなく、また前記1で認定のとおり公共職業安定所の側にもその運用の面において多少行き過ぎであると見られる点もないではなく、しかも、これらの陳情がことさら飯塚公共職業安定所の業務を阻害する目的でなされたものとも認められず、特に昭和四二年六月以降の原告らの陳情内容は、就職促進措置の指示を終えて紹介対象者となるべき者が、その認定を受けられず、長期間にわたつて失対事業に就労できないという異常な事態の発生に抗議してなされたものであり、その陳情ないし交渉がいささか過激なものであつたとしても、失業者の切迫した心情を考慮するならば、或程度宥恕されるべき面のあることも否定できないところである。もつとも、右のような問題は一公共職業安定所で解決できる問題ではないが、原告らとしては失対事業運営の窓口である公共職業安定所を通じて事態の改善を求めるよりほかないのであるから、原告らの陳情ないしは交渉によつて、紹介業務に重大な支障を与えたとしてもある程度やむを得ないことであり、これらを捉えて、直ちに紹介対象者から除外しなければならない程のものと断ずるのは相当でない。

前記(二)の点については、そのうち、久野監理課長に対する暴行については、被告がすでに、原告が、この事件で飯塚土木事務所から雇入れを拒否されたことを理由に、紹介対象者としての取扱

いを一時停止する処分をなしたことは〈証拠省略〉によつて明らかであるから(被告が原告に対しかかる処分をなしたことは当事者間に争いがない)、再び右事由を本件処分の直接の理由となすのは相当でないが、右事件発生後数日も経ないうちに、再び小川次長に対して暴行を加えたことは、決して許容さるべきことではない。しかし、飜つてこのような事態が発生した経過をみるに、前記認定のように、鎮西現場小屋の設置については、現地の飯塚土木事務所の権限に属する事項ではあつたが、一応同事務所を指揮監督する立場にある県土木部が全日自労福岡支部との間で、その設置を白紙撤回して話し合いを続けるという確認事項書を取り交し、現地の飯塚土木事務所を説得しようとしたのに対し、当時同事務所の事実上の最高責任者の地位にあつた小川次長らが右の件については組合との間に充分協議がなされており、右現場小屋設置の撤回は事実上不可能であるとしてこれに反対し、県土木部においてもこれを諒として同事務所の意見を採択したため、確認事項書の履行がなされなかつたことが混乱の主な原因となつており、むしろその責任の大半は県土木部にあるということができ、しかも、この事件に関して、原告が事業主体から雇入れないこととされた事実を認めるに足りる証拠はないから(すなわち前掲七七七号通達別紙取扱要領第5の2の(3) の要件に該当しない)、被告がこの事件を斟酌して、原告を紹介対象者から除外し、失業者就労事業への紹介を拒否せんとする場合には、これらの点も十分に考慮されるべきである。

また前記(三)の点については、被告主張のように原告が故意に川崎ミツエを突き飛ばして転倒させたとの事実はこれを認めることができないのみならず、前記認定の経過から明らかなように、飯塚分会と日労との間は、日頃事ごとに反撥し対立していたにもかかわらず、日労の組合役員である川崎ミツエが飯塚分会役員の情報宣伝活動に対して、殊更挑発的な態度を示したために、このような事態を招来したものであり、しかも、本件により原告が事業主体から雇入れないこととされた事実を認め得る証拠はないから(なお、福岡県失業対策事業運営管理規定(〈証拠省略〉)第一三条によれば「他の就労者に対して暴行脅迫を加えたこと」は雇入れ拒否の理由とされていない。)、被告がこの事件を考慮して、原告に対し失業者就労事業への紹介を拒否せんとするには、かかる点も十分斟酌されるべきである。

なお、前記(四)の点については、前記認定のとおり、職場離脱について賃金カツトが厳格に適用されるようになつた昭和四三年九月頃までは、組合役員が正式な手続をとらず、また監督の許可を得ずに組合用務のために職場を離れることがあつても、当局側はこれを黙認して滅多に賃金カツトをしないということが半ば慣行化していたのであり、原告の場合も全く私用のために勝手に職場を離れていたのではなく、飯塚分会の執行委員として、従来のやり方に従い、正式の手続を経ずに集団交渉ないし陳情等組合用務のために職場を離れていたのであつて、そのことについて、当時当局から特に原告が注意を受けた事実もないのであるから、これをもつて紹介対象者から除外する事由となすのは相当でない。

以上説示のように、原告の行為の中には不穏当と認められる点があり、飯塚公共職業安定所の紹介業務に重大な支障を与えたと認められる点がないではないが、すでに説示したように、失業者を紹介対象者から除外する旨の処分は、この後、その者の失対事業への紹介を拒否するものであり、これにより被除外者たる失業者は事実上最終の就労の場である失対事業への就労の機会を失い、重大な不利益を被むることが明らかであるから、かかる処分は厳格かつ慎重に行われるべきところ、これらの行為の背景となつた事情、目的、態様、その他叙上認定の諸般の事情を考慮すれば、原告の叙上のような行為に対処するには、原告に対し紹介対象者としての取扱いを一時停止するをもつて足り、これらの行為をもつて、原告を紹介対象者から無期限に除外しなければならない程に重大なものと評価するのは相当でない。そうだとすると、被告が原告に対してなした本件除外処分は著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとして、違法たるを免れない。

四  よつて、被告が原告に対してなした昭和四二年八月一二日付紹介対象者から除外する旨の処分は、爾余の点について判断するまでもなく違法なものとして取消しを免れず、原告の本訴請求は理由があるので正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一 宇佐見隆男 大石一宣)

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